シナリオ編<オマケ12>「ボツシナリオ(5)魔王&勇者モノ<8>」 第116回ウォーターフェニックス的「ノベルゲーム」のつくりかた
第116回 シナリオ編<オマケ12>「ボツシナリオ(5)魔王&勇者モノ<8>」
執筆者:企画担当 ケイ茶
他の会社さんや、個人のクリエイターがどうやってノベルゲームを作っているのかはわかりません。
ここに書かれているのは、あくまで私達「ウォーターフェニックス」的ノベルゲームのつくりかたです。
ケイ茶です。
前回の続きです。
「魔王&勇者モノ<8>」※今回は、どこかに入れる予定だった「ヒロインの過去編」です。
▲
@私
「ひっ、く……ぅ、うぅ。ここ、どこ……?」
ずるり、ずるりと剣を引きずって歩く。
おもたいから、本当はどこかへ置いていきたかった。
でも、これは置いていっちゃいけないってことも、わかっていた。
これがないと戦えない。わたしは、戦わなくちゃいけない。
それだけはわかる。
でも、それ以外がわからない。
私は、誰なの?
ここは、どこなの?
どこへ行けばいいの?
@私
「だれか……っく、おしえてよぉ……」
@おばさん
「……あら。あなた……」
@私
「あ……」
いた。人。
その人は、驚いたように私を見た。
それから、ほほえんだ。
@おばさん
「その格好……。あなた、若いけど勇者なのね」
@私
「……ゆうしゃ?」
@おばさん
「そうよ。あなたは勇者。とても、すごい人なのよ」
@私
「ゆうしゃ……。すごい人……」
@おばさん
「その様子だと、何もわからないのね」
@私
「うん。わかんない。……こわい」
@おばさん
「大丈夫。なにも心配いらないわ」
@おばさん
「私の家にきて。いろんな事を教えてあげるから」
▲
@勇者ヒロイン
「お母さん、見て見て! Lv20になったから、こんな装備もできるようになったんだよ!」
@お母さん(元おばさん)
「あら、本当。これでもう、あんたも立派な大人だねぇ」
@勇者ヒロイン
「えへへっ。そうでしょ?」
@お母さん
「本当に、立派になって……。この家にきた時は、まだたったのLv5だったのにねぇ」
@勇者ヒロイン
「ここまで私が頑張れたのは、お母さんや、村の人がいたからだよ」
@勇者ヒロイン
「みんな、勇者として未熟な私にも親切にしてくれて……。だから、少しずつ強くなれた」
@勇者ヒロイン
「それで、ようやく冒険に出られるLvにまでなれた」
@お母さん
「そうよ。ここからが、貴方の本当の旅なんだから、しっかりしなくちゃ」
@勇者ヒロイン
「うん……。でも、大丈夫かな」
@勇者ヒロイン
「私、ちゃんと勇者として戦っていけるのかな……」
@お母さん
「なに弱気になってるの。貴方なら大丈夫よ」
@お母さん
「××だって一緒なんだから、心配する事ないわ」
@××
「おーい、勇者ヒロイン! 早くしないと、遅れるぞ!」
@お母さん
「ほら。噂をすれば、ね」
@お母さん
「これ以上、あの子を待たせるわけにはいかないでしょう。行ってらっしゃい、勇者ヒロイン」
@勇者ヒロイン
「……うん。行ってきます!」
@勇者ヒロイン
「みんなを苦しめる魔王なんて、私が絶対に倒してくるからね!」
@お母さん
「えぇ。楽しみにしてるわ」
▲
@××
「……おい、ヒロイン。あんまりそわそわするなよ」
@勇者ヒロイン
「だって……なんか、すごくって……」
@××
「ほら、王様が来たぞ。しっかりしろ」
@勇者ヒロイン
「う、うん」
@王様
「お主が、勇者ヒロインか。魔物スモークスネークを倒してくれた事、感謝する」
@王様
「あの街は、長い間あの魔物に苦しめられていた」
@王様
「我が王国騎士団でも歯が立たなかった魔物を、こうも容易く討ち破るとは……。さすがは勇者だ」
@王様
「そのうえで、こんな事を頼むのは厚かましいとわかっているのだが……。この国の事情は、知っておるだろうか?」
@勇者ヒロイン
「はい。様々な魔物により食料が奪われ、人が殺され……日々、魔王の恐怖に怯えている、と聞き及んでおります」
@王様
「その通りじゃ。我らは、みな、魔王を怖がりながら生きるしかない……」
@王様
「勇者よ、頼む。魔王を、倒してくれ!」
@勇者ヒロイン
「……はい。この命にかえても、魔王は打ち滅ぼしてみせます」
▲
@勇者ヒロイン
「きゃっ! ちょっと、何するのよ!」
@◯◯
「あぁ、ごめんごめん。噂に聞く勇者ってやつが、どんなもんか確かめたくってさ」
@◯◯
「でも、案外大したことないんだね」
@◯◯
「勇者なんて、所詮こんなものか」
@勇者ヒロイン
「な……っ! 勝手なこと言わないで!」
@勇者ヒロイン
「私のことは悪く言ってもいいけど、勇者全員を悪く言うのはやめて!」
@◯◯
「そう言われても、目の前の勇者様ってやつがそんなんじゃ、ねぇ……?」
@◯◯
「そうだ。明日、丁度闘技大会があるんだけどさぁ。本当に勇者がすごいなら、そこで証明してみせてくれよ」
@勇者ヒロイン
「わかった。逃げないでよね」
@◯◯
「あぁ。アンタこそ、逃げるんじゃないよ!」
@勇者ヒロイン
「……なにあれ。私、絶対負けない! 優勝してやる!」
@××
「あ、はは……。なーんか、面倒なことになっちまったなぁ……」
▲
@勇者ヒロイン
「お、王様……? どうしたんですか?」
@××
「ダメだ、ヒロイン。王様は……もう、死んでいるんだ!」
@××
「あれはただの、人形だ!」
@王様
「ク、カカカカカカ!」
@◯◯
「ハッ。この王様は、うまくつくられた偽物だったってわけかい」
@王様
「ククク……。偽物とは言ってくれるではないか、小娘が」
@王様
「我は、まごう事なき王だ。ただし……魔物の、王だがな」
@勇者ヒロイン
「っ! あなたが、魔王……!」
▲
@村人
「な、なんということじゃ! あの守りが崩されてしまうとは……!」
@子供
「お母さん、怖いよぉ……」
@子供
「私たちみんな、死んじゃうの? まものに、食べられちゃうの?」
@村人
「そんな事ないわ。大丈夫。きっと……」
@勇者ヒロイン
「えぇ、大丈夫です!」
@勇者ヒロイン
「落ち着いてください。この場は、私が……囮になります」
@村人
「あ、貴方はもしや……勇者様!」
@★★
「そうそう。勇者とそのご一行でーす!」
@××
「ここは俺たちに任せて、皆さんは逃げてください」
@◯◯
「逃げ道はこっちだよ! 全員、急いでついてきな!」
@村人
「お、おぉ……。ありがとうございます……!」
▲
@××
「ついに、明日だな……」
@勇者ヒロイン
「うん。魔王城がここからでもよく見える。私たち……ようやく、ここまで来たんだね」
@××
「……なぁ、ヒロイン。お前は、この後どうするんだ?」
@勇者ヒロイン
「えっ? この後って?」
@××
「だから、魔王を倒した後だよ。聞いた事なかったと思ってさ」
@勇者ヒロイン
「魔王を倒した後……」
@勇者ヒロイン
「そういえば、1回も考えた事ってなかったなぁ」
@××
「おいおい……」
@勇者ヒロイン
「仕方ないでしょ。だって、私は勇者なんだよ?」
@勇者ヒロイン
「勇者がどういうものか、××はちゃんとわかってる?」
@××
「えーっと、勇者は……潜在的な力が強く、魔王を倒す可能性を秘めた存在」
@勇者ヒロイン
「うんうん」
@××
「彼らは、戦うための装備をつけた状態で、どこからか現れる」
@××
「彼らは皆、魔王と戦うためだけに存在すると言っても過言ではない」
@××
「たとえ一時の休息を得ようと、彼らは常に魔王を倒す事を最大の目標とし、鍛錬にはげむ」
@××
「よって、その他の者は勇者に敬意をはらい、全力で手助けをするべし。……だったか」
@勇者ヒロイン
「そうそう」
@勇者ヒロイン
「ね? 勇者って、そういうものなんだよ」
@勇者ヒロイン
「その先の事なんて考えずに、ただ、魔王を倒したいと思う。この世界を救いたいって思う」
@勇者ヒロイン
「それが、勇者」
@××
「はー……。改めて言われると、すごいなぁ」
@勇者ヒロイン
「でしょ! さぁ私に敬意をはらいなさい!」
@勇者ヒロイン
「……と、いうのは冗談」
@勇者ヒロイン
「私個人としてはね、ただ、褒めてもらいたいってだけなのかもしれない」
@××
「……褒めてもらいたい?」
@勇者ヒロイン
「うん。……ねぇ。私が、初めて魔物を倒した日のこと、覚えてる?」
@××
「あぁ。下水道に住み着いていたビッグマウスを倒したんだったよな」
@××
「すごいすごいってお祭り騒ぎだったんだから、忘れるわけないさ」
@勇者ヒロイン
「そう。あの時、みんなとっても喜んでくれた」
@勇者ヒロイン
「その後もそう。私が魔物を倒すたびに、誰かが褒めてくれた」
@勇者ヒロイン
「Lvアップすれば、お菓子をくれて。怪我をすれば、優しく手当てしてくれた」
@××
「ははっ。みんな、過保護だったよなぁ」
@勇者ヒロイン
「うん。そうしてみんな、私を大切にしてくれて、嬉しかった。今だって、その延長線上」
@勇者ヒロイン
「特別だと言われるのが、嬉しい」
@勇者ヒロイン
「私は特別な存在としてここにいる。だから、その力をしっかりと使いたい」
@勇者ヒロイン
「いろんな人に優しくしてもらったから、その人たちを守って、もっと優しくしてもらいたい」
@勇者ヒロイン
「そんなところかな」
@勇者ヒロイン
「運命とか、そういう存在だから、とかじゃなくて……私はただ、みんなの優しい顔が見たいから、戦うの」
@勇者ヒロイン
「だから、まずは魔王を倒してみんなを安心させてあげたい。今は、それしか考えられないよ」
▲
@魔王
「ふはははは! よく来たな、勇者よ」
@勇者ヒロイン
「魔王……っ。これまでは、何回も逃げられたけど……もう逃がさない!」
@勇者ヒロイン
「ここが、貴方の墓場なんだから!」
▲
@××
「よしっ、やったか!?」
@魔王
「ク……」
@魔王
「クカカ……。それはどうかな?」
@魔王
「勇者よ、我が真の姿を見るがいい……!」
@勇者ヒロイン
「そ、そんな……!」
@◯◯
「なんだあれ、化け物じゃないか……」
@★★
「魔王なんて、最初から化け物だろ!」
@××
「くっ……。本当に、こんなやつに勝てるのか……?」
@勇者ヒロイン
「勝てる!」
@勇者ヒロイン
「ううん。勝つの。それしかない」
@勇者ヒロイン
「だって、私は勇者。勇者ヒロインなんだから!」
▲
@魔王
「グ、グアアアァッ!」
@魔王
「そん、な……バカな……」
@魔王
「この、我が……。魔王が、たかが人間に、負ける、など……」
@魔王
「あり、えぬ……、グッ」
@××
「あ……」
@★★
「っはは……!」
@◯◯
「やったな……。やったんだ!」
@勇者ヒロイン
「や、った?」
@××
「そうだ、ヒロイン! やったんだよ!」
@××
「俺たちは、ついに魔王を倒したんだ!」
@勇者ヒロイン
「倒した……。魔王を……」
@勇者ヒロイン
「魔王を倒した……!」
@××
「あぁ!」
@勇者ヒロイン
「じゃあ、これで……これでみんな、笑顔に」
▲
@誰か
「××××!」
え……っ?
@誰か
「気が付いたのね、××××!」
なに? なんなの、これ?
なに、この人。何を言っているの?
どうして私を、抱きしめているの?
それになんだか、周りが騒がしい。いろんな人が動いている。
@誰か
「どうしたの? どこか、まだ痛いの? 辛いの?」
なに、これ。
@私
「いいえ、痛みなどはありません」
なにこれ。
@私
「ただ、あの……あなたは一体どなたですか?」
なにこれ。
@誰か
「え……っ?」
なに? どうして、そんなに驚いているの?
@私
「それに、ここはどこですか?」
わからない。
@私
「みんなは、どこに行ったんですか?」
どういうこと?
@私
「私、ちゃんと魔王を倒せたんですよね?」
……なにが起きたの?
@誰か
「魔王? 何を言っているの、××××」
@私
「魔王が……! 魔王がいなくなって、世界は平和になったんですよね!?」
@誰か
「きゃっ! ××××、落ち着いて。そんなに動いちゃだめよ」
@私
「でも! だって……!」
あ……あれ? 私の手、小さくて……弱い。
……どうして? こんな手じゃあ、剣なんてもてない。
@私
「戦えない。戦えないよ……っ!」
@誰か
「まだ目覚めたばかりだから、混乱しているのね」
@誰か
「落ち着いて。……お母さんのこと、わかる?」
@私
「おかあ、さん?」
@誰か
「そう。お母さん、ちゃんとここにいるからね」
@私
「お母さん……」
……。
…………。
……あ。
そうだ。この人は、私のお母さんだ。
@私
「お母さん、私は……?」
@お母さん
「あなたは交通事故に巻き込まれて、10日間眠っていたのよ」
@私
「交通事故……」
そっか。そういえば、そうだ。
落とし物をした人に気が付いて、慌てて道路を渡ろうとしたら、車が近付いてきて……。
だから私、こんなところにいるんだ。
@お母さん
「思い出した?」
@私
「……うん」
ここは病院。私の名前は××××。私は今、6歳。この人は私のお母さん。
そうだ。それはわかる。でも、なんだろう。落ち着かない。
@私
「ねぇ……。お母さん。ここは、魔物に襲われたりしないの?」
@お母さん
「魔物? ……大丈夫よ。そんなもの、どこにもいないわ」
@私
「そんなはずないよ! 魔物は、どこにだっているんだよ! たくさんいて、いつも人間を苦しめて……」
@お母さん
「大丈夫。大丈夫よ」
@お母さん
「××××は、眠っている間に怖い夢をみただけよ」
@私
「悪い夢……」
夢。
本当に、そうだった?
魔物がいないなんて、あり得るの? おかしいんじゃないの?
この人はお母さんだけど、本当にお母さんだった? 私にはもっと別の……私を大切に育ててくれた人がいるんじゃないの?
私の体はもっと成長して、もっと強くて、しっかりしていたんじゃないの?
××××って、誰? 私には、もっと別の名前があったでしょ? ××××なんて、変な呪文にしか聞こえない。
私が普段見ていた景色は、本当にこんなものだった? もっと、緑豊かなものじゃなかった?
@お母さん
「念のため、検査を受けないといけないの。……行きましょう、××××」
@私
「……うん」
この景色や、この人や、この××××という響きに、ほんの少しは馴染みがあると思う。懐かしさは感じる。
でも、現実感はない。
全部、夢みたいだ。
ひどい、悪夢をみているみたいだ。
▲
@お母さん
「検査の結果、特に心配する事はないそうよ。良かったね、××××」
@私
「……うん」
私はぼんやりと、お母さんがリンゴの皮を剥く様を眺める。
検査のために、いろいろな機械や器具をみた。
私はそれらの事をなんとなく知っていた。お母さんが持つリンゴの味も、食べる前からなんとなくわかっている。
でも、それらのものがーー見えるこの世界が、10日前まで私が普通に生活していた場所だという実感がわかない。
@私
「お母さん。誰か、お見舞いに来なかった?」
@お母さん
「あなたが眠っている間に、いろんな人が来てくれたわ」
@お母さん
「ほら、お友達の××××ちゃんとか、××××君とか。親戚の××××おじさんもきて、心配してた」
出された名前はやっぱり、聞き覚えはある、気がする。
でも、それがどんな人だったのかはわからない。
遠い昔にそんな人がいたかもしれない。そんな感覚がある。
@私
「……他には?」
@お母さん
「他には、えーっと……」
@私
「あの人は来なかった? ねぇ。あの、私と一緒に村を出たーー」
@お母さん
「あいつ? 村を出た?」
……あれ? あの人の名前、なんだっけ?
わからない。顔もおぼろげだ。いろいろな事を話した記憶はあるのに、その詳細を思い出す事ができない。
@お母さん
「なぁに? また、夢の話なの? よほど、面白い夢だったのねぇ」
@私
「違う……。違うよ」
@私
「夢じゃ、ない」
@私
「夢じゃないよ!」
そうだ。口にして、ハッキリとわかった。
あれは夢じゃない。夢だとは思えない。
でも、今私がいる現実でもない。
これは、どういう事なんだろう。わからない。
▲
私は退院した。
前のように、学校にも通うようになった。
でも、日々の中で少しずつ、違和感が積み重なっていく。
私が勇者だと言うと、笑われた。
そんな弱そうな体で勇者なんて変だと言われたから、勇者は強さじゃないと教えた。
理解してはもらえなかった。
授業中、果物の名前を1つ言うように指示された。
当然のように私が答えた果物は、誰も知らないものだった。
嘘つきだと言われた。
校内を歩いていたら、魔物を見つけたから走り回って武器を探した。
剣がどこにもなくて、苛立った。
仕方がないから、調理室の包丁を装備して戦った。
その魔物を倒した頃に、先生が通りがかった。先生は悲鳴をあげた。
どうやら、それはみんなで飼育していた魔物だったらしい。
怒られた。不気味なものを見るかのような目で、みんなが私を見ていた。
なぜそんな目をするのか、わからない。
魔物を飼おうと思うみんなの方が、おかしいのに。
みんなは私を見て、怖いと言った。
魔物が飼育されている事を知った私は、万が一の時の事を考えて、防具を装備する事にした。
まともなものがなかったけれど、それでもなんとか鍋の蓋やヘルメットで武装していくと、みんなはまた変な目をした。
頭がおかしいと言われた。
なんでこんなに、変な事ばかり起きるんだろう。
……ああ。あの人たちに、会いたい。
名前や顔はよく覚えていないけれど、こんな私を受け入れてくれる人たちはたしかにいたはずだ。
優しい人たちだったはずだ。
その人たちに、また会いたい。彼らは今、どこにいるんだろう。
こんなところ、今すぐに出て行って探したい。
……あ。
そうだ。そうだよ。出て行きたいと思ったら、いけばいいんだ。
私には、その力があるんだから。
ほら。目を閉じて、両手を持ち上げて。好きな景色を思い描いて。
@私
「転移魔法・レッチェルライズ!」
高らかに叫んで目をあければ、そこはもう……。
……。
@私
「……移動、してない」
なんで? おかしいよ!
私、しっかり体力もある。魔法なんて全然使ってなかったんだから、魔力だって消費してない。
だから、使えるはずなのに。
@私
「転移魔法・レッチェルライズ!」
@私
「……レッチェルライズ!」
@私
「レッチェル、ライズ……っ!」
@お父さん
「××××。何をしているんだい?」
@私
「お父さん……っ。大変なの。おかしいの。魔法が、使えないの」
@お父さん
「へぇ。魔法か。たしかに、使えたらいいよなぁ」
@私
「いいとか悪いとかじゃなくて、おかしいの! 私は、魔法が使えるはずなの!」
@お父さん
「そうかそうか。××××は魔法使いか」
@私
「違うの! 私は勇者!」
@お父さん
「おぉ、魔法も使える勇者か。そりゃ凄い」
……あれ? そもそも、私に父親なんていたっけ?
……。
そうだよ。私は、おばさんと2人暮らしをしているんだ。
父親なんてものがいるはずない。
じゃあ、これは何?
……。あ、そうだ。たしか、前にもこんな事があった。
@私
「お前は、父親なんかじゃない」
@お父さん?
「……え?」
@私
「お前は、魔王なんでしょ。姿をあらわせ!」
@お父さん?
「……あー。勇者ごっこか。……ふははははー、俺は魔王だー」
ほら、やっぱり。魔王だった。
魔王は、倒さなきゃ。
▲
今日は、お母さんに泣きながら怒られた。
どうしてだろう。
私は、ただ魔王を倒そうとしただけなのに。
手に持ったナイフを取り上げられてしまったから、私は魔王を倒す事ができなかった。
お母さんも、私をおかしいと言った。
魔王は、私を見て怯えていた。
やっぱり、頭がおかしいと言われた。
▲
どうやら、魔王は魔王ではなかったらしい。
本当に、私のお父さんだったみたい。
そう言われると、そんな気もした。
あぁ、そうか。私にはちゃんとお父さんがいたんだと、納得した。
だから、ナイフを向けた事を謝っておいた。
お父さんは許してくれた。
でも、その顔にまだ怯えが混じっている事が私にはわかった。
知っている。あれは、人間が魔物を見た時にする表情だ。
▲
相変わらず、いろんな人が私をおかしいと言う。
私自身も、その自覚が出てきた。
自分では当然の事のように行った行動が、数分後には理解不能な出来事になる。
やっぱり、私はおかしい。
どうせならと思って、みんなに、私がどうおかしいのか聞いてみた。
すると、1人が言った。
お前は現実とゲームの区別がついていない。お前が言っているのは全部、RPGの中の話だ、と。
▲
@私
「これが、RPG……」
RPGというものを見てみたくてお父さんにねだると、すぐに手に入った。
教えてもらった通りに操作をして、ゲームというものを進めていく。
その度に、思った。
@私
「あ……」
……懐かしい。
@私
「あった……。あったんだ……!」
@私
「やっぱり、夢じゃなかったんだ……!」
この世界には魔王がいる。魔物がいる。勇者がいる。王様がいて、親切な村人がいる。
魔法を使うことができる。敵と戦う事が普通で、私の知っている常識が通じる。
本当だ。
私の知っている世界は、ここにあった。
▲
私は、いろいろなRPGを集める事にした。
RPGには、私の知っているものがたくさんつまっている。
だからきっと、このうちのどれかには、私の知っているあの人たちがいるはずだ。
その人たちを、頑張って見つけ出すんだ。
そしてまた、話したい。一緒に、旅をしたい。
▲
RPGをやっていて、勇者というものは、基本的に男なんだと知った。
きっと、私が勇者だと認めてもらえなかったのはそのせいだ。
だからこれからは、もっと男っぽくしよう。
▲
ボクは、たくさんのゲームを集めた。
そしてたくさんのゲームをクリアーーある日、ふと気が付いた。
これは全部、作り物なんだ、って。
それがわかった途端に、みんながボクをおかしいといった理由が完全にわかった。
いつか言われた通りだ。ボクはこのゲームの世界を、現実と混同していた、頭のおかしな人間だったんだ。
会いたい会いたいなんて思っていた人たちは、本当はいつだって会えたんだ。
だって、彼らはボクの頭の中にいたんだから。
ただの空想だったんだ。
そんなものを、必死になって探していたなんて馬鹿みたいだ。
あの人たちなんて、現実には存在しなかった。
でも、ゲームの世界が楽しいのは事実だ。
ボクの夢がつまっている。
ボクが望んだ通りの事ができる。
何をやっても許される。
だからもう、好きにしよう。ゲームの世界を存分に楽しもう。
▲
相変わらず、ゲームは楽しい。
でも、その分、現実がつまらない。
魔法もない。魔物もいない。面白みのない世界だ。
@ボク
「……勇者ヒロインは、いいなぁ」
ボクの分身。勇者ヒロインだけは、ゲームの世界にいる。
羨ましい。
ボクができないことをしている。ボクも、その世界に行きたいのに。
こんな夢のない世界には、いたくないのに。
ボクは今日も、死ねなかった。