シナリオ編<オマケ11>「ボツシナリオ(5)魔王&勇者モノ<7>」 第115回ウォーターフェニックス的「ノベルゲーム」のつくりかた
第115回 シナリオ編<オマケ11>「ボツシナリオ(5)魔王&勇者モノ<7>」
執筆者:企画担当 ケイ茶
他の会社さんや、個人のクリエイターがどうやってノベルゲームを作っているのかはわかりません。
ここに書かれているのは、あくまで私達「ウォーターフェニックス」的ノベルゲームのつくりかたです。
ケイ茶です。
前回の続きです。
「魔王&勇者モノ<7>」
▲★ヒロイン視点
ボクは弁当箱の蓋を開けながら、片手でキーボードを打つ。
@勇者ヒロイン
『……それで、お前は訓練場から追い出されたわけか』
魔王が語った訓練は散々なものだった。
いや、聞けたのは訓練というよりも、過保護魔王の心配性日記といった方がいいかもしれない。
この魔王の魔物溺愛ぶりに慣れてきてしまった自分が、少し悲しい。
@魔王主人公
『追い出されたわけではない。その後、我は改めて足を運び、訓練を見守った』
@勇者ヒロイン
『だが、今のお前はボクと話しているよな。また追い出されたって事なんじゃないのか』
@魔王主人公
『否。これは休憩だ。訓練を監督する我にも休息が必要だと、魔物たちが騒ぐのでな』
@ヒロイン
「……ふーん」
やっぱり、追い出されているんじゃないか。
呆れつつ、カボチャの煮物を食べる。
あ、これ美味しい。
@勇者ヒロイン
『監督する立場といっても、お前はそばで騒いでいるか、邪魔しているだけなんだろ』
@魔王主人公
『何を言う。我には、強大な力があるのだぞ』
@勇者ヒロイン
『……じゃあ、お前も模擬戦に参加しているって事なのか?』
この、過保護さで? 戦えるのか?
@魔王主人公
『否。我は癒しの魔法を唱えるのだ』
@勇者ヒロイン
『い、癒し? ……魔物を回復してる、って事か?』
@魔王主人公
『そうだ。以前、癒しの魔法も買ったのは正確だった。よもや、こんなところで多用する事になるとはな』
@魔王主人公
『癒しを求めて我が前に立ち並ぶ魔物たちこそ、我にとって最大の癒しだ』
@勇者ヒロイン
『それは……。良かったな……』
@ヒロイン
「ひたすら回復魔法唱え続ける魔王って……」
それのどこが、監督役なんだろう。
その役目って、どちらかというとマネージャーじゃないか。
……だめだ。ミニスカート履いて応援する魔王しかイメージできなくなった。
@ヒロイン
「いやいや、ない。そんなのダメだ!」
嫌な想像を流し込むように、ボクは炭酸飲料をがぶ飲みする。
@魔王主人公
『たとえ冷酷な貴様も、魔物たちのあのような姿を見れば平静ではいられぬはずだ』
@勇者ヒロイン
『訓練は、そんなに凄いのか?』
@魔王主人公
『……魔物たちは、痛みに耐えながら戦いの訓練に明け暮れているのだ』
@魔王主人公
『泥や血にまみれ、時に意識を失い、地に倒れ伏しても尚、すぐに訓練を続ける』
@魔王主人公
『それだけでも見ておれぬというのに、それらはすべて、我の魔力を上げるためにやっている事なのだぞ』
@魔王主人公
『到底、落ち着いてなどおれぬ!』
@魔王主人公
『手助けしたくなるではないか!』
@ヒロイン
「ああ、ハイハイ。健気健気。可愛い可愛い」
ダメだこれ。手助けとか言ってるけど、これは手遅れだ。
過保護魔王からクラスチェンジだ。これはもう、親バカ魔王決定だ。
カメラ片手に我が子の運動会を応援する親と、なんら変わりがない。
@魔王主人公
『……しかし、我は気付いてしまった』
@魔王主人公
『訓練だからという事以外にも、手助けできぬ理由がある』
@勇者ヒロイン
『それは?』
@魔王主人公
『我は、どちらに味方すればよいのかわからぬのだ』
@勇者ヒロイン
『……えーっと?』
@魔王主人公
『魔物と魔物が戦っている。ならば、どちらも我が庇護の対象だ。一方を贔屓するわけにはいかぬ』
@勇者ヒロイン
『ああ……。うん。そうか。まぁ、そうだな。大変だな』
@魔王主人公
『否。大変などという軽い言葉で流されるものではない』
@魔王主人公
『これは更に身を引き裂かれるような苦悩がつきまとい、』
あ、だめだこれ。なんか長い話が続きそうだ。
そう察知したボクは、慌ててキーボードを叩く。
@勇者ヒロイン
『ああ、そうだ!』
@魔王主人公
『なんだ』
@勇者ヒロイン
『魔物魔物と繰り返されるとややこしいんだが、それぞれの魔物に名前はないのか?』
@魔王主人公
『魔物は魔物だ』
@魔王主人公
『何やら、人間どもの間では勝手な呼び名があるようだがな。我にとっては、皆、魔物だ』
@勇者ヒロイン
『名前、つけないのか?』
@勇者ヒロイン
『それだけ魔物が大事なら、名前をつけたらもっと愛着ももてていいんじゃないか』
@魔王主人公
『……名はいらぬ』
@魔王主人公
『名をつければ、それは個体となる。我はそれを望まぬ』
@魔王主人公
『魔物は皆、平等に慈しむべきものだ』
@勇者ヒロイン
『へぇ。不思議なこだわりがあるんだな』
@勇者ヒロイン
『でもそんな事言って、実はただ、区別がついていないだけなんじゃないか?』
@魔王主人公
『魔物はそれぞれ違う姿をしている。混合する事などありえぬ』
@勇者ヒロイン
『ふーん。そうなのか』
@魔王主人公
『……貴様には、我が側に控えるこの魔物たちが見えぬのか?』
@ヒロイン
「側に控えているって言われてもなぁ……」
@勇者ヒロイン
『ボクには何も、見えないな』
@魔王主人公
『ほう。それだけは同情してやろう』
@魔王主人公
『この素晴らしき魔物たちを目にする事ができぬとは、さぞ悔しい事だろう』
……たしかに、悔しい。
こんなに言うんだから、本当に、良い魔物たちなんだろう。
格好良かったり、可愛かったり、独特な姿をしていたりするんだろう。健気に魔王を慕っているんだろう。
@ヒロイン
「あぁ……見てみたいなぁ」
……。
……。
@ヒロイン
「……い、いやいや、違うだろ!」
@ヒロイン
「ボクは、何を言ってるんだ」
しまった。相手の魔物談義が熱すぎて、ついつい飲み込まれてしまった。
相手は、魔王を自称するかわいそうな人なんだ。その魔物たちなんて、結局はその人の脳内の魔物だ。
現実にいるわけじゃない。騙されるな。全部、設定なんだ。
見てみたいだなんて思うのはおかしい。
この人のいうような世界なんて、あるはずがないんだ。
割り切って相手をしなきゃだめだ。
あくまでもボクは、この人に合わせて話をしてあげているだけなんだから、引きずられちゃいけない。
この人の妄想を信じたら、ボクはまた、おかしくなってしまう。
あの時のように、また……。
……。
とにかく、ボクはもっと積極的にリードして、この人の脳内設定【異界への扉を開く】を進めてあげなければ。
@勇者ヒロイン
『ところでさ。それだけ真面目に訓練してるって事は、魔物たちは強くなってきたんだろ』
@勇者ヒロイン
『そろそろ、実戦経験を積むのもいいんじゃないか?』
@魔王主人公
『実戦、だと?』
@勇者ヒロイン
『勇者と戦わせてみたら、訓練とはまた別種の経験値が得られるんじゃないか?』
@ヒロイン
「訓練だけっていうのは、味気ないよな」
やっぱり、戦闘といったら実戦だろう。
特に、この場合の敵は勇者なんていう特殊なものなんだから、手に入る経験値も多そうだ。
@魔王主人公
『勇者との戦いには、常日頃から精鋭部隊を引き連れている』
@勇者ヒロイン
『引き連れて……という事は、ぞろぞろいるんだろ? それじゃだめだ』
これはものによって大分違うけれど、仲間が多いとそれだけ経験値が分散されてしまうタイプのRPGもある。
@勇者ヒロイン
『一対一で戦うからこそ、得られる経験もあるはずだ』
@魔王主人公
『……我は手出しするなと言う事か』
@勇者ヒロイン
『そうだ。一対一で、なるべく近いLvの魔物が戦うんだ』
@魔王主人公
『わざわざ危険な戦いをせよと言うのか』
@勇者ヒロイン
『命の危険があるからこそ、戦いになるんじゃないか』
@勇者ヒロイン
『それとも、魔物が信じられないのか? お前が自慢する魔物は、勇者に簡単に倒されるようなやつなのか?』
@魔王主人公
『……否。我が魔物にかかれば、勇者など恐るるに足らぬ』
@勇者ヒロイン
『なら、戦わせてみろよ』
@魔王主人公
『……よかろう。我は、魔物を信じているのだからな』
@ヒロイン
「はいはい。行ってらー」
@ヒロイン
「じゃあ、ボクはまた、結果を待ちながらゲームでもしようかな」
▲★主人公視点
4秒
@ヒロイン
「かー」
@ヒロイン
「なー」
@ヒロイン
「あー」
@ヒロイン
「ぁー」
@主人公
「……これでは、うるさくてかなわんな」
鏡から聞こえる伸びた声に、我はため息を吐く。
おそらくこの勇者は普通に喋っているつもりなのだろうが、時の流れに違いがあるため、
こちらでは遅く聞こえる結果となっているらしい。
1文字が約2分ほど続くため、耳にするたびに気になって仕方がない。
伸びたそれも繋げればまともな言葉になるのだろうが、その気にもなれぬ。
この間抜け面が吐く言葉だ。どうせ、大した事は喋っておらぬだろう。
@主人公
「……だが、なぜこれほどに喋るのだ」
このように声が届くようになってわかった事だが、石版の勇者は喋る事が多い。
しかし、目に見える範囲に他の存在がない事からすると、これは独り言なのだろう。
発言とは、他者に向けてするものだ。それを誰もいないところで行うなど、理解できぬ。
それとも、そうしなければならぬ理由でもあるのか。
たとえば、そう。相手がおらぬ、とか。
@主人公
「……ク、クク。そうだとすれば、滑稽だ」
@主人公
「否。話す相手もおらぬとは、もはや哀れだとしかいえぬ。なぁ、魔物よ」
@主人公
「……。む?」
奇妙だ。常ならば、ここで「ぴぎゃ」という声が聞こえるはずなのだが……。
……。
@主人公
「あ、あぁ。そうか。そういえば、今は見回りに行っているのだったな。うむ」
思い出し、我は改めて石版を見る。
次いで、ふと、思った。
@主人公
「……これが、本当は魔王だという可能性は考えられぬか?」
そもそも、我が【ハエレティクス・ゲート】は、その世界で一番魔力の高いものと通じる能力。
それを思えば、これまでのように魔王と繋がるのが自然だ。
もしあの者が魔王ならば、話し相手がいない事も、部屋からあまり移動せぬ事も、理解できる。
否。勇者と考えるよりは、そちらの方が納得がいく。
本当は魔王だが、なんらかの理由があって、勇者を演じているのかもしれぬ。
@主人公
「ふむ……」
@魔物Lv5
「ぴぎゃ!」
@主人公
「……む? 魔物よ。戻ってきたか」
@魔物Lv5
「ぴぴぴ、ぴぎゃー!」
@主人公
「そうか。性懲りもなく、新たな勇者が現れたのだな」
@主人公
「ならば、出る」
@主人公
「今回連れて行くのは魔物Lv25だけだ。他のものは待機するよう、通達せよ」
@魔物Lv5
「ぴぎゃ!」
;▲★ヒロイン視点
@魔王主人公
『勇者と戦った』
@ヒロイン
「はーい、おかえりー」
@勇者ヒロイン
『どうだった? ちゃんと、静かに見守ったんだろうな?』
@魔王主人公
『当然だ。我が手を下すまでもなく、我が魔物が勇者を殺してみせたわ』
@ヒロイン
「……へぇ、意外だな」
この魔王の設定からすると、今回もどうせ失敗するとばかり思っていたのに。
@魔王主人公
『我が魔物は、やはり素晴らしい』
@魔王主人公
『傷ひとつなく勝利する、あの優美な姿を貴様にも、見せてやりたいくらいだった』
@ヒロイン
「……ん? 傷ひとつなく、だって?」
@勇者ヒロイン
『ちょっと待て。勇者とLvが近い魔物を戦わせたんだよな?』
@魔王主人公
『そうだ。貴様の言葉に従うのは癪だったがな』
@勇者ヒロイン
『それなのに、なんで傷ひとつないんだ?』
そんなの、おかしいじゃないか。
Lvの差が大きいならともかく、今回はそうじゃないんだ。
いくら回避が得意な魔物だからって、すべての攻撃を避けるのは無理だろう。
@ヒロイン
「まさか……」
@勇者ヒロイン
『お前、側でずっと回復魔法を唱えていたんじゃないだろうな?』
@魔王主人公
『そんな事はせぬ。我が唱えたのは、つい先日街で購入した防御魔法のみだ』
@勇者ヒロイン
『……ちなみに、その防御ってのはどれぐらい防御できるものなんだ?』
@魔王主人公
『一定量の攻撃を無効化する魔法だ』
@ヒロイン
「あー……。そうですか。まぁ、そんなところだと思ったよ」
たしかに、それなら戦いそのものには手を出していない事になるけれど……。
@勇者ヒロイン
『なんか卑怯だな、それ』
@魔王主人公
『なにが卑怯なものか』
@魔王主人公
『勇者は自由に装備を整え、魔法を覚え、奇妙な薬品を使いながら戦闘を行うのだぞ』
@魔王主人公
『我が少し魔法を唱えて送り出す事と何の違いがあるというのだ』
@ヒロイン
「そう言われるとそうかもしれないけど……。なんか受ける印象が違うなぁ……」
装備をととのえた勇者。と、魔王から強力な魔法をかけてもらった魔物。だと、後者の方が有利に感じる。
でもそんな印象をボクに与えようとも、親バカな魔王設定を貫こうとするところは、好感がもてる。
だから、初めて街に行ったのは昨日のはずなのに、『先日購入した』と言ったその矛盾には目をつぶってあげよう。
@勇者ヒロイン
『まぁ、戦い方に関してはいい。成果はどうなんだ?』
@魔王主人公
『以前と比べれば、魔物たちはある程度強くなったといえるだろう』
@魔王主人公
『だが、我が特殊能力が強まるほどの劇的な変化は起きておらぬ』
@勇者ヒロイン
『戦闘を繰り返すだけだと、まだなにか足りないって事か……』
@勇者ヒロイン
『そもそも、魔物はどうやって増えるんだ?』
@魔王主人公
『知らぬ』
@魔王主人公
『魔物は何の前触れもなく、闇の中から現れる。地を裂くような泣き声と共に、な』
@ヒロイン
「ふーん……」
なんだかあやふやな設定だ。という事は、この話は強さとは関係ないんだろう。
@勇者ヒロイン
『じゃあ、初期の強さはどの魔物も同じなのか?』
@魔王主人公
『否。生まれた瞬間から、強さには差がある』
@勇者ヒロイン
『最初に決まったそのLvは、戦闘しなければ固定なのか?』
@魔王主人公
『違う。時の流れにより、少しずつ強さを増していく』
@ヒロイン
「少しずつ……勝手に強くなっていく……」
つまり、魔物たちは強くなるための行動を自然にとっているという事。
生活の中で強くなる。成長する。そのためのものって……。
うーん……。
考えながら、なんとなく室内を見回す。
と、さっき空にしたそれが目にとまった。
@ヒロイン
「お弁当箱……! そうだ。食事か!」
@勇者ヒロイン
『わかった。魔物は、食事によっても強くなっていくはずだ』
考えてみれば、これは育成ゲームの基本だ。
トレーニングと、しつけ。それから、食事。
大体は、その3つの要素によって成長していくものだ。
@勇者ヒロイン
『魔物の普段の食事はなんだ?』
@魔王主人公
『人間だ』
@ヒロイン
「はいはい、人間ね。あるある」
@魔王主人公
『魔物たちは、我が何を言わずとも己の足で人間を見つけ、食べている』
@魔王主人公
『利口なものだろう?』
@勇者ヒロイン
『だが、それは適当な食事をとってるという事だよな』
@勇者ヒロイン
『腹を満たす事しか考えず、質は重視していない。だろ?』
@魔王主人公
『うむ……。魔物の食事の質など、考えた事はなかった』
@魔王主人公
『質の高い食事とは……』
@魔王主人公
『勇者か』
@勇者ヒロイン
『勇者だ』
ボクと自称魔王のコメントが同時に表示される。タイミングぴったりだ。
こういうのは、なんとなく嬉しい。
@勇者ヒロイン
『お前もわかってきたじゃないか。そう。勇者はきっとご馳走だぞ』
@勇者ヒロイン
『勇者を見たら跡形もなく消し去る。なんて、もったいない』
@魔王主人公
『そうだな。今後は気をつけよう』
@勇者ヒロイン
『食事は大事だからな。たくさん食べさせるといい』
@魔王主人公
『ああ』
返事が途絶えた事からすると、勇者を探しに行ったーーという名目で休憩する事にしたんだろう。
ボクもキーボードから手を離し、軽く揺らす。
改めて弁当箱を眺めると、さっき食べた中身が思い浮かんだ。
カボチャの煮物。レタス。ミートボール。ちりめんじゃこ入りの厚焼き卵。ミニトマト。アスパラのベーコン巻き。
ある程度野菜が入っていて、栄養をとれるように考えられたものだったと思う。
白米も、冷めていたけれど美味しかった。
@ヒロイン
「食事は大事……か」
生きるために必要なものが食事。
だったら、ボクにとってはどうだろう。食べる意味なんて、あるんだろうか。
▲街
@主人公
「ふむ。食事は大事なのか……」
勇者を食べる魔物を眺めながら、我はうなずく。
魔物に技を覚えさせる方法や、魔物の配置について考えた事はあったが、食事については盲点だった。
魔王は食事が不用であるが故に、まるで馴染みがなかった。
@主人公
「どうだ。食べると、力がつくものなのか?」
@魔物Lv35
「ぴぎゃ!」
@主人公
「普段の食事よりも、勇者の方がいいのか」
@魔物Lv40
「ぴぎゃぁ!」
魔物の尾が、緩やかに揺れる。機嫌が良いようだ。
やはり、食事とは特別な事なのだろう。
魔物と同じ感覚を得る事ができないのは残念だが、嬉しそうなこの姿を見ているだけでも満たされるものはある。
先ほどまでLv25だったこの魔物がLv40にまでなっているのだから、効果を疑うまでもない。
1人の勇者を数体の魔物で分けてもこれなのだから、勇者とはよほど栄養があるものなのだろう。
魔物の咀嚼回数とともに、我の体にも力が巡ってくるのがわかる。
@主人公
「やはり、石版の勇者の情報はたしかか……」
これまで、あの勇者はいくつもの情報を我に与えてきた。
そして、それらは基本的に間違ってはいなかった。
@主人公
「……魔物よ」
@魔物Lv5
「ぴぎゃ?」
@主人公
「この感覚を……懐かしい、とは思わぬか?」
@魔物Lv5
「……ぴぎゃ?」
あの石版の者は、他人事だからと好き勝手な事を言う。
まるで、かつて存在していた魔王たちのようだ。
@主人公
「……魔王会議が頻繁に開かれていた、あの頃も、こうだった」
@主人公
「それぞれが思った事を言い、反論や同意があり。誰かの提案にのって行動しては、結果を話す」
そのようにして、勇者への対策を練った。魔物を育てた。己の力をみがいた。
忙しくも、騒がしい日々だった。
魔王会議が開かれる日を、待ち望んだ。
魔物のような鳴き声だけではない。唯一言葉をかわす事のできるその瞬間を、楽しみにしていた。
@主人公
「……あの頃のようだ」
▲
@主人公
「……みな、強くなったな」
@魔物たち
「ぴぎゃー!」
立ち並ぶ魔物たちを、ゆっくりと眺める。
厳しい訓練。そして質のいい食事。
それらを繰り返した結果、我が魔物たちは格段に強さを増したといえるだろう。
その姿の、なんと立派な事か。
@主人公
「お前たちの努力により、我が力も増した。……感謝する」
@魔物たち
「ぴぎゃぁ!」
こうべを垂れる魔物たちを一瞥して、我は立ち上がる。
そして、鏡に向かって指を突き出した。
@主人公
「……ハエレティクス・ゲート!」
@主人公
「……、おぉ」
能力を発動させた途端、以前とは違う感覚を覚える。
流れてくる魔力の量が増えている。異界に通じる扉は、確実に大きくなっているようだ。
@主人公
「まだ我が通るには狭い、が……」
@主人公
「我が魔力の奔流よ、塊となりて力を示せ。ヴァンデルン!(移動する)」
我が指先から魔力を放つと、それは扉を越えて異界にとどまった。
やはり、この程度の魔力ならば我との繋がりを保ったまま送ることが可能なようだ。
ならば、これを操作すれば……。
@主人公
「ほぅ。やはりこの石版は、この部分で動く仕組みになっていたのだな」
予想していた通りだ。
寝転がる勇者の足元。勇者がよく叩いていた物体を我が魔力の塊が叩くと、石版の文字が切り替わった。
のろのろと動く勇者に苛立ちながらも、その動きを観察していた甲斐があったらしい。
@主人公
「干渉には成功だ。が……ここまでか」
より多くの魔力を送ろうとしてみたが、今度は扉はに阻まれてしまった。
まだ、この程度の干渉が限度ということか。
残念ではあるが、今は少しでも異界に近付いたことを喜ぶこととしよう。
@主人公
「一応、石版の文字にも目を通して、」
@主人公
「……」
@主人公
「……っ。なんだ、これは……!」
『ーーこのようにして、ボクは魔王を倒した。だが、正直なところ弱すぎてつまらなかった』
『今日は魔王と戦った。前回の教訓を生かし、わざと弱い武器で戦う。だが、結果は同じだ。魔王が弱すぎる』
『今度は逆に、どれだけ早く倒す事ができるのか試す事にした。結果、ボクは一度も攻撃を受ける事なく魔王を倒すことに成功した』
『こいつを倒すのは難易度が高いと聞いていたから期待したんだが、まぁ、こんなものか』
@主人公
「なんだ。なんなのだ、これは……!」
魔王。魔王、魔王、魔王、魔王。
石版の記述をさかのぼるほど、その単語が増えていく。
魔王を倒したーー魔王を、殺した。
いたぶるように。嘲るように。遊ぶように。殺した。殺した。殺した。
そんな記述が並んでいる。
@主人公
「ク……」
@主人公
「ハ、ハハッ。クハハハハっ!」
ーーこの石版を記しているのは、魔王ではないか?
何を考えていたのだ、我は。
なんと愚かな事を思ったのだ。
これが、魔王のはずがない。
これほど野蛮で、卑劣で、嫌悪を抱かせる者は、魔王ではない。
そんなもの、勇者以外にあり得ぬではないか。
▲★ヒロイン
@ヒロイン
「よし。ゲームクリア、っと」
ゲーム画面に表示されたその文字に満足して、伸びをする。
そうして動いてみると、大分、肩がこっているのを感じた。
Lvを上げきったり、宝箱を全部開けたりして、ついつい熱中していたらしい。
@ヒロイン
「これだけ時間が過ぎていると、多分……。あ、やっぱり」
パソコンの画面を見ると、案の定。新しいコメントがとどいていた。
@ヒロイン
「うんうん。きてるきてる」
@ヒロイン
「って、あれ? こんな風に動かしたっけ?」
これまではブログの最新記事が開かれていたはずなのに、いつの間にか過去の記事のページになっている。
けれど、そう気にするほどの事でもないか。
ゲームをやりながら足を揺らしていたから、うっかりキーボードやマウスに当たって切り替わったんだろう。
それより、コメントだ。
@魔王主人公
『我の力は増し、貴様の世界への干渉が可能になった』
@ヒロイン
「なるほどなるほど」
@魔王主人公
『貴様の死は、近い』
@ヒロイン
「それは嬉しいな」
@魔王主人公
『……貴様は、魔王を殺した事があるのか』
@ヒロイン
「……何言ってるんだろ、この人」
この【勇者ヒロインの冒険記】は、様々なゲームのプレイ日記だ。
ゲームクリアと共に、勇者ヒロインが別の世界に移動して新たな冒険をしている、という設定で書きつづった。
だから当然、魔王やその他のラスボスを倒した時のこともいくつか書いてある。
でも、そんなのは今更だ。
たしかに最近の記事ではLv上げとかアイテム集めが主流だったけど、ちょっと記事をさかのぼればいくらでもゲームクリアの時のものがある。
それともこの人は、これまでボクの書いた過去の記事は読んでいなかったという事だろうか。
@勇者ヒロイン
『そりゃ、魔王ぐらい倒してるさ。勇者だからな』
@魔王主人公
『……何故だ』
@勇者ヒロイン
『ん?』
@魔王主人公
『貴様は、魔王を恐怖する事も、憎む事もないと言った。ならば、何故魔王を殺した?』
@魔王主人公
『殺す理由が、わからぬ』
@ヒロイン
「理由、か……」
問いかけられて、パッと思いつく設定はある。
世界の人々を守るため。
これこそ、すごく勇者っぽい答えだ。勇者ーー物語の主人公は、往々にして世界を救うために悪を滅ぼす。
【勇者ヒロイン】として答えるならこれだろうと、ボクはキーボードを叩く。
けれど、
@ヒロイン
「……違う」
発言する直前に、思い留まる。
違う。そんな理由なんておかしい。
ボクは、こんな世界なんて救う気はない。救いたいなんて思わない。
世界を救う。なんて、真顔で言えたらすごいやつだ。すごい、馬鹿だ。
ボクはもう、馬鹿にはならない。
@ヒロイン
「だったら、ボクはーー」
@勇者ヒロイン
『楽しいから』
そう。ボクは楽しいからゲームをする。
ワクワクするから武器をととのえ、魔法を覚え。達成感があるから魔王を倒し、ゲームをクリアする。
それが普通だ。
みんな、そうだろ?
@勇者ヒロイン
『それ以外の理由なんて、何もない』